決戦兵器は14歳←当時のコピー
エヴァンゲリヲン新劇場版:序「第三新東京市」ですね。セカンドインパクトの影響で温暖化と海面上昇が進み、厚木以東の関東平野が水没しているという設定。……が、そんなのは些細なことで、テレビ版のオープニングで使われたとおり、「TOKYO-3」という表現を使いたかっただけです。元ネタはコードウェイナー・スミスの小説「酔いどれ船」(早川文庫「第81Q戦争」所収)に出てくる異次元空間「宇宙3(space-3)」ですが、語感がカッコいいからという程度の理由で使われているので深くは考えないほうがよろしいでしょう。
近未来の新東京、
庵野秀明監督が二馬力で「風の谷のナウシカ」を作っていた頃、宮崎駿監督に吐いたとされる有名な暴言があります。
曰く、
14歳のガキに世界が救えるはずないじゃん
宮崎監督は激怒したらしい。(当たり前だ)ただ、漫画版のナウシカが「少女が起こす奇跡」から若干の路線変更をしていくのは「痛いところを付かれた」という側面もあったのではないかと想像。
これは庵野の価値観の根幹をなす部分で、「ふしぎの海のナディア」終了後のインタビューでも、「子供が世界を救う話にだけはしたくなかった」と語っています。それで、ナディアが何も出来ずに周りの大人たちがバタバタ死んでいくコンテを上げたら「それだけはやめてくれ」とNHK側からストップをかけられたそうな。
#結果として仕上げられた結末も美しくていいと思うんだけどね。
#「プラネテス」でも似たようなことはあったらしい。
あまり好きなタイプの作品ではありませんが、人気の秘密を知りたくて、見てみたという感じです。でも、結局、よくわかりませんね。普通の中学生な上、ネガティブな性格の主人公に、未完成のロボットで、未知の敵に挑むという無謀な展開ですが、強いて言えば、派手なアクションシーンと、ヒロインの綾波レイには、興味深い要素があります。
というわけで、14歳のガキには世界は救えませんという話なんですね。ロボットアニメでは普通扱わないようなテーマなので、すれたオタクほど固定観念にはまってわけが分からなくんる。
大体、マジンガーZとは時代が違うんですから、「ロボットに乗れ」と言われて「はい喜んで」なんて言うわけありません。マジンガーZは「巨大な力を振るって人々を救えばみんな幸せになれる」と単純に信じられた時代の作品です。高度経済成長期には努力して成長すれば必ず報われたんです。だから、みんな兜甲児になりたかった。
今は、努力したってせいぜい現状維持が精一杯。世界第二位の経済大国からの転落も時間の問題で、自分を守るのに手一杯の時代に「力を与えるから世界を救え」なんていわれたって困ります。
「出来っこないよ!なんでそんなことしなきゃならないの!!」それが当然。卑小なる自分に世界は手に余る。世界の危機と自分じゃ勝負にならない。世界を救えるはずがない。80年代末のバブル崩壊を経て不安を抱えていた人々にとって最もリアルな形で「現在」を切り取ったから、爆発的なヒットをしたんです。
#余談ですが、「力を与えられても世界を救えるはずがない」というエヴァに対し、
#「じゃあ、どんな力を与えられれば世界を救える?」という問いに答えたのが
#「コードギアス」だったわけですね。
と、ここまでは15年前の話。
「現代を切り取る」というのが物語の力なら、「現実を忘れられるような夢を与える」のも物語の力です。ミもフタも無いですが、凄惨な現実なんてものはわれわれの実生活でいくらでも味わえるわけで、別に物語に教えてもらう必要はないって味方だってある。前述の「ナウシカ」への突込みだって、御伽噺に野暮なこと言うなよですんじゃう話でもあります。
庵野秀明という人は本質的にはエンターテイナーで、あそこまでシビアな話にするつもりはなかったと思われます。NHKで放送した「ふしぎの海のナディア」と違って、お客さんに売る商品の要素が強いですから、過度にお客さん傷つけても駄目ですし。15年前に比べてさらに状況が悪化した現代の日本人に、庵野はどんな夢を見せてくれるのか、それが楽しみだったりします。
いや、「やっぱり14歳には世界を救えませんでした」というオチでもそれはそれで面白いと思うんだけどね。
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